「メダル」というと、まず思い浮かべるのがオリンピックの金メダルです。それは世界一の称号。そして、銀メダル、銅メダルと続くわけですが、メダルが取れなかった選手は悔しい想いでインタビューに応えています。「メダル」というのはそう簡単に手に入るものではないということです。オリンピックは4年に一度しか実施されませんが、その他の大会なら一年を通じてあちこちで開催されています。たくさんある大会の中でもメダルがもらえる種目ってあるのだろうか?プロの試合で考えると、たとえば野球。一年通じて熱中するファンも多いですが、日本一になってもメダルはたぶんないと思います。サッカーはどうでしょう?ゴルフは?賞状や優勝カップ、トロフィーというのは目にすることありますが、メダルがもらえる種目って思いつきません。囲碁や将棋の世界でもたぶんないと思います。プロもアマチュアもないような気がします。私が知らないだけで、もしかしたら一般的に多くあるのかもしれませんが。では、マラソン大会での完走メダルというのは一体どういう存在なんだろう?
奈良マラソン2016 メダル
奈良マラソン2016の完走メダル・・・奈良で多数出土し「卑弥呼の鏡」とも言う三角縁の鏡を手前に、いにしえの装身具の勾玉(まがたま)を三つ連ね、天理市のコース近くの名所、石上神宮に伝わる国宝、七支刀を屹立させたデザインです。
奈良マラソン2016 メダル おもて
先日、マラソンを走ったことがない人に奈良マラソンの完走メダルを見せましたら、ものすごい驚かれました。メダルそのもののデザインや重さにビックリされるのは想定していました。だって、奈良マラソンの完走メダルって本当にすごいんですから!それに加え驚かれていたのは「完走した人みんなにもらえる」ということでした。奈良では約1万個、東京だと約3万個制作する必要があるわけです。オリンピックのメダルはなかなか取れないのに、マラソン大会のメダルはそう難しくなく手に入ります。メダルがもらえる大会に年間3本完走すれば、年に3個のメダルが手に入ります。それが何年も続いていくと、家の中にはメダルがいっぱいになることでしょう。

私はマラソン大会に参加するようになって、生まれて初めて「メダル」というものを首からかけてもらいました。初フル完走の時にかけてもらった「完走メダル」は今も大事にしているし、その記憶も大切な一ページです。それが何度もメダルをもらうようになると、気持ちは変わっていきます。もらって当たり前。そんなことありませんか?完走メダルの価値は人それぞれでしょうが、だんだんその価値が薄れていくような気がしてなりません。現に、いただいてもちゃんと見たことがない、どこに置いたかわからない、という人は意外と多いもんです。あくまでも「記念」という意味合いが強い代物ですから、そこに価値を求める方がもしかしたら間違っているのでしょうか?中学生の時に修学旅行で東京へ行き、後楽園で記念メダルを買いました。しばらくは大事にしていましたが、すぐ忘れてどこかに行ってしまいました。それと同じなのでしょうか?

マラソン大会の完走メダルは、走った自分のためよりも、もしかしたら支えてくれた人のためにあるのかもしれません。日頃の練習のために支えてくれている人、見守ってくれている人がいたからこそ、参加することができ、完走できたわけです。そう考えると、メダルを見てもらわないといけませんよね。ただ、完走メダルを会う人会う人に見せびらかすのはちょっと気がひけます。見せればタイムを聞かれることでしょう。世界水準のタイムはテレビで放送されているので知っている人もいますから比べられます。場合によっては順位を聞かれることもあります。そんなややこしい質問が来るなら言わない方がマシ、見せない方がマシ、となってしまいます。だから見せるときの言い方を考えておく必要があるように思います。「○○さんのお陰で完走できました。応援ありがとう。」と言ってみればどうでしょう?その時に、「タイムは?」と聞き返さなかった人は、もしかしたら長いお付き合いのできる人かもしれませんよ。
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